校閲者の嘆きpart4「和訳の読みやすさ」

校閲2015/07/23校閲者の嘆きpart4「和訳の読みやすさ」

人気コラム「校閲者の嘆き」、待望の第4弾をお届けいたします！はたして「出来る」校閲者とは？「是非」お楽しみください！

読みやすいということは、つくづく侮れない。実際、翻訳の現場でも「読みにくい」というクレームがよくある。
数値や単位違いなどのケアレスミスあるいは事実関係の違いなどに起因するクレーム……。
それに負けず劣らず、クライアントから「なんか読みにくいんですよね」と指摘されること、実は少なくないのである。（この「なんか」がデリケートなケースもあってまた難しいのだが）。ことにクライアントのほとんどは無論日本語のネイティブであるので、和訳には敏い。
しかも医薬系となると、非常にその要求が細かい。
もちろんこの私も校閲を担当した案件で、幾度かこの「読みにくいんですよね」を、クライアントから言われたことがある。いずれも和訳案件であった。

私は噴き出る額の汗をぬぐい、襟を整え、椅子の上に正座する。
メガネの鼻当て近くをぐいっと上げ（注・私はメガネをかけていない。視力は1.0以上ある）、心を真っ新にし、いま一度、読み返してみる。
すると、たいていは、じきにこう感じる。
「ああ、本当だ。これは読みにくい……」（駄目じゃないか、ちゃんとやらなきゃ）。

もっとブラッシュアップするべきだったと激しく後悔するが、1つの案件にかかりきりというわけにはゆかない事情もあり、そこらへんは非常なジレンマである。

そう、仮に日本語の文法的な知識にさほど長けておらずとも、確かに読みやすいか読みにくいかを判断する感覚的な何かが、私たちには多かれ少なかれ備わっているように思う。

読みやすいか読みにくいかの分かれ道には、「表記」のあり方も明確に関連しているだろう。

例えば接続詞の「したがって」が「従って」と漢字表記であると、何やらしかつめらしい印象になる。連発されると、小うるさい気がして私は嫌である。（これはもちろん好みもあろうが）。
従って、やわらかい内容の文書には特に馴染まない表記と思われる。（あえて使ってみた）。

また、動詞の「できる」も、ひらがなが良い。「出来る」を連発されると、「いやいや、ほんとにできるんかい！」とツッコミたくなる。ひらがな表記のほうが「ちゃんとできる」雰囲気があると、この私には感ぜられるのだが。
試しに書いてみよう。
「仕事の出来るあいつ」「仕事のできるあいつ」
ほら絶対に、後者のほうが、できそうでしょう。

あとは副詞の「是非」なども「ぜひ」とひらがなが良い。
文書の末尾に「是非お気軽にお越しください」などとあると「それじゃあ、気軽になれねえよ！」とツッコミたくなる。

さて、新聞や出版などの業界では、表記というものを非常に重んじている。
唯に一つのルールなどではない、それは読者にとっての「読みやすさ」をも、彼らが常に配慮していることの恐らくは証しである。（読みにくいと、じきに部数減っちゃうもんね）。
前職に就いていたころは『記者ハンドブック』を聖書のごとく枕元に置いて眠ったものだった。（最近、嘘ばかりついて困っている）。

ちなみに「出来る」を「できる」に修正のこと、という指示はその記者ハンドブックにあり、これはおそらく頻出表現であるがゆえに、もし漢字にすると「紙面が漢字だらけになっちゃう。読者が読みづらくなっちゃう」という配慮ではなかろうか。
文章が読みやすくあるためには、漢字とひらがなのバランスの妙が、非常に大切である。

表記を指定してくる厳しいクライアントがよくあるが、そのリストを眺めていると、非常に記者ハンドブックの指示と重なる部分が多い。やはり人の感じる「読みやすさ」には、分野を超え、ある程度の基準はあるということなのだろうか。

読みやすい文章を書くことを心がけることは、すなわち読者を真摯に思いやるということ。
片時も忘れないでいたいものである。

記者ハンドブック、是非一度目を通してみてください。（最後にもあえて使ってみた）。

一覧に戻る